父の日に思うこと。究極の政治家とは?

 今日は父の日、アメリカで始まった父の日も、母の日ほどの存在感はありませんが、商魂たくましい各種商品販売店の広告で、少しは父親の存在感も向上したのではないでしょうか。
 私も、日常は会合の機会が多く、外食のため、ほとんど家族と共に食事をする機会はありませんが、今日は久しぶりに家で食事をしました。但し、長男は野球の試合のコーチ、次男は友人の結婚式に出掛け、妻と二人だけの食事でしたが。


 早目に食事を済ませ、テレビを見ながら今日買ってきた新刊を読みながら、相変わらずの職業病で、「究極の政治家」とはどんな政治家だろうかと、ふと考えました。


 「究極の政治家」とは、家族や親族、あるいは愛する人を想うように、県民や国民に対して接し、想いを寄せることができる人ではないでしょうか。
 私も、振り返れば家族のためならばと、ありとあらゆる問題に対処してきました。こうしたように、県民に降りかかる問題に対し、家族への想いと同じように接し、問題解決することができるようになることが、政治家の行き着くところではないでしょうか。


 今日父の日の夜は、少しゆっくりさせていただきましたが、明日からまた人との出会いに喜びを見出したいと思います。家族にも声に出して言ってはいませんが、今後10年間は政治の道を歩ませてほしい。「究極の政治家」に一歩でも近づくために!


愛媛を変える! よこやま博幸 | コメント (0)

コメント

コメントを送ってください




ログイン情報を記憶しますか?

(スタイル用のHTMLタグが使えます)

※投稿されたコメントは事務局で確認後、上記コメント欄に表示されます。
※公俗良序に反する、または宣伝行為と管理者側で判断した書き込みは、削除させて頂くことがあります。
 予めご了承ください。